上記写真は毎日新聞に掲載された読者投稿だ。大学生の投稿で、友達に「パチンコに行ってきた」と言うと嫌な顔をされるのに、「遊園地に行ってきた」と言えば誰も迷惑に思わない。しかし、遊園地では「時間」を買うためにチケットを購入する。同じようにパチンコでは「玉」を買っているだけで、何が違うのか――という内容だ。
これは一見すると、リベラル系毎日新聞がパチンコを肯定しているようにも読めるが、世間から偏見を持たれているものを別の角度から見直すという視点でもある。
パチンコには「ギャンブル」「依存症」「借金」といった負のイメージが定着している。もちろん、それらが現実に存在する以上、無視することはできない。しかし投稿者は、パチンコをする人間だけがなぜ社会的に低く見られるのか、と疑問を投げかけている。
これはパチンコ業界にとって、実は非常に重要な指摘である。
パチンコは、勝ち負けの金額で語られることが一般的だ。あっと言う間に1万円負ければ「遊んだ」ではなく「負けた」と感じる。3万円も勝てば「楽しかった」となる。そのことが第三者から見れば、遊園地ではなくギャンブルに見えるのも当然である。
しかし、「5000円で半日遊べた」「玉の動きを楽しめた」「負けたけれど面白かった」という世界なら話は変わってくる。
つまり、パチンコが本当に「遊技」へ戻れるかどうかが問題なのである。
皮肉なことに、今回の毎日新聞の投稿は、現在のパチンコ業界が忘れかけているものを指摘している。
「いくら儲かるか」ではなく、「いくらでどれだけ楽しめるか」という発想である。
メーカーは高額な遊技機を開発し、ホールは機械代を短期で回収しようとする。それに対してユーザーは投資金額を気にしながら打つ。これでは「時間を買う娯楽」とは言い難い。
パチンコ業界が若者を取り戻したいのであれば、「パチンコは遊技であり、ギャンブルではありません」と言葉で説明するより、ギャンブルに見えない遊び方を作ることが先決問題だ。
だからこそ、今回の投稿は単なるパチンコ擁護ではない。
「娯楽とは何なのか」という問いなのである。
そして、その問いに業界は真摯に答えなければならない
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