結婚を前に、姪っ子は婚約者とともにモンゴルの両親へあいさつに向かった。滞在期間は約1週間。そこで彼女は、モンゴルと日本の文化の違いを身をもって体験することになる。
モンゴルの食文化は、家畜の乳製品を中心とした「ツァガーン・イデエ」と、羊や牛などの肉類を主体とする「ウラーン・イデエ」が基本だ。厳しい自然環境の中で野菜が育たないため、野菜を食べる習慣そのものがない。
実際、滞在中の食卓にはサラダは出てこなかった。
肉、肉、そして乳製品。
日本では当たり前のように食べていた野菜が恋しくなり、帰国後は空港のコンビニへ直行。サラダパックを3つも買い込んだという。
「モンゴルで本当に暮らしていけるのだろうか」
そんな不安を抱くのも無理はない。
ところが、この話には続きがある。
姪っ子のフィアンセは、モンゴルでも政府高官の息子という恵まれた立場にあった。
そして、日本でホールを経営する親族を見ているうちに、あることを考え始めた。
「モンゴルでもパチンコ店はできないだろうか」
言い出したのはホールオーナーではない。モンゴル人のフィアンセ本人だった。
日本とモンゴルのつながりといえば大相撲が有名だ。
朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、豊昇龍と、モンゴルは数々の横綱を輩出してきた。元小結の旭鷲山は引退後、モンゴル国会議員として活躍している。
もちろん、相撲とパチンコは何の関係もない。
しかし、日本文化への理解者や政治的なパイプが存在するという意味では、まったくのゼロではない、とフィアンセは考えているようだ。
さらに話は発展する。
姪っ子自身はパチンコの知識がほとんどないため、「まずは日本のホールで働いて運営を覚えた方がいい」という案まで浮上している。
将来的にモンゴルでパチンコ事業を立ち上げる。その時のために経営ノウハウを身につける――という壮大な構想だ。
しかし、冷静に考えれば、これはかなり気の早い話でもある。
そもそもパチンコは日本独特の遊技文化であり、法律や規制、換金システムなど複雑な仕組みの上に成り立っている。海外へそのまま持ち込めば成功するというものではない。
それ以前に、姪っ子本人はモンゴルの食生活に適応できるかどうかで頭を抱えている。
結婚生活も始まっていない段階で、パチンコ店の海外進出計画まで描いているのだから、話が飛躍していると言われても仕方がない。
しかし、若い二人の夢というものは、往々にして現実離れしているものだ。
モンゴルの草原でパチンコ店を開く――。
実現するかどうかは別として、その発想だけは実にスケールが大きい。
もっとも現状を見る限り、まず乗り越えるべき課題はパチンコの認可よりも、姪っ子が毎日肉と乳製品中心の食事に耐えられるかどうかかもしれない。
今のところ、この話はまさに「取らぬ狸の皮算用」である。
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