「パチンコ大学」でトドメを刺された私。ゲームボーイの転売で稼いだお金もなくなり、途方に暮れながらも考える事は「ぱちんこを打ちたい」って事だけ。思い出すと大分狂っていたなぁと。私にもこんな時期があったので、パチンコ依存症の人の気持ちが分かる。なので、この回想記を読んでもらって、少しでも狂ってしまった方を救いたいと思う。
もう止まらなかった。ぱちんこがしたくてしたくて。どんな事をしてもぱちんこを打つお金が欲しくなった。地元の「チャンスホール」だと教師の見回りが来るかもしれないという警戒も、負け続けた事でどうでもよくなり、誰に見られようが誰に何を言われようが気にもならなくなってきた。
冬休みに突入して、実家のレジのお金をちょこちょこくすねては「チャンスホール」に行って1000円~2000円ずつ負ける毎日が続いた。
楽しくて打ってるというよりは、間違って少しでも大きく勝たないかな?という気分で打つ。結果だけ言えば、冬休みに入って大晦日まで1回も勝てずの大連敗を喫する。
実家のレジからくすねる事にも、罪悪感がなくなる。別にぱちんこで大きく勝って何かが欲しい訳でもない。負けが続いてるから大きく勝ちたい気持ちと、出来るだけホールの中に居たいって気持ちだけである。
そして待ちに待った元旦がやって来た。目当てはお年玉だ。実家の店に来るお客さんや親戚からお年玉が貰える年1イベント。元旦の午前から調子良く貰う。お昼過ぎには1万円以上を手にしていた。
ぱちんこが打ちたくて、打ちたくてたまらなかった私は、お年玉を持って「チャンスホール」に。中に入ると珍しく数人のお客さんが打っていた。設置機種はいつもと変わらず、新年1発目は「汽車ポッポDX」(平和)を打って数百円使い1ヒットするも飲まれヤメ。
しかし、ここからが凄かった。2台目の1台しかない「パチンコ大賞」(西陣)を数百円で打ち止め。3台目に触った「タコヤキSP」(三共)も数百円で打ち止め(打ち止めは3000個)。
この時点で1万2000円以上のプラスに。調子に乗った私は、以前のお話にも書いた自転車で10分の隣町「ナンポーホール」へ。何も考えずに「フィーバーレクサスV」(三共)を打ち、すぐに当てては5箱出してプラス2万3000円くらいだったか。トータルで3万円ちょっとのプラスに。この元旦から28歳の元旦まで、15年連続元旦勝利を記録した(大人になってからも、元旦だけは人のいないお店で運試し打ち)。
偶然の勝利だったのか、元旦は還元していたのか。それは今でも謎である。今度会った時にでも聞いてみようかなと。でもこの簡単に数万円勝った事に私の「勘違い」が余計に
酷くなってしまったのである。
負けが続けば勝ちが続くとか、そんなに悪い事は続かないだろうとか。店主が勝たせてくれたとか。気を良くしたこの日はここで勝負はヤメたが、何もする事のない正月は暇な毎日なので打ちに行く事になる。
そしてまた現実に戻される事になる。1月2日。もうひとつの隣町の「ニューセブンホール」に行き、「フィーバーキング」(三共)で1度も当たらず、1万円くらい負けて自転車で泣きそうになりながら帰宅。
1月3日。車持ちの先輩と「パチンコ大学」へ行っては羽根物を適当に触り、またも「フィーバーキング」を打っては1度も当たらずで2万円くらい負けて帰宅。
そして1月4日。地元の「チャンスホール」で持っていたお金を全部使ってしまいTHE END。いや、まだお年玉もう少しくらい貰えるだろう!と期待するも…。貰えずに終わった。
そして…。家で母親と2人きりになった時に、母親が唐突に話始めた。
「お年玉は何に使った? 服がタバコ臭いけど一体外で何をしているの?」
急な話に吃驚だった私は、多分凄く動揺していてバレバレの嘘をついた。どんな嘘だったかは忘れてしまったが、誰が聞いても嘘だろうと言うような内容だったと思う。タバコを吸っている事は素直に話した。
「お母さんはね、別にタバコを吸うなとは言わない。ただ、外では吸うな。あと自分のお金で買いなさい」
そう言うと母親は、私に初めてガッカリした表情を見せて仕事に戻った。
レジからくすねていた事もタバコを吸っていた事も全部バレていたんだ。ぱちんこ打っている事もバレているんだろうか? でもこれ以上はレジからくすねられないなと感じた。そして、ぱちんこ打ちたさとタバコを買うお金欲しさに、中学生でも出来るアルバイトをする事になる。
つづく
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