日立市は言うまでもなく、日立製作所の企業城下町として発展した街だ。最盛期には関連会社を含めて数万人規模の雇用を生み、街の経済は日立グループを中心に回っていた。
ところが、1990年代以降、グローバル競争の激化により工場の統廃合や海外移転が進む。企業の規模縮小とともに街の活力も低下した。
人口は1980年代半ばの約20万人をピークに減少を続け、若者は進学や就職を機に水戸市やつくば市、さらには首都圏へ流出した。高齢化も進み、地域の消費力は年々弱くなっていく。
その象徴的な出来事が、茨城県北唯一の百貨店だったボンベルタ伊勢甚の閉店だった。かつて街の賑わいを支えた商業施設ですら、生き残れなくなったのである。
この構図はパチンコ業界にも重なる。
日立市は長年、「日立製作所があるから大丈夫」という安心感の上に成り立っていた。一方、パチンコ業界も「人気機種があるから大丈夫」「射幸性の高い機械があるから客は来る」と考えてきた部分がある。
しかし、時代が変われば成功モデルも通用しなくなる。
新しい顧客層を開拓できない。新しい価値を提供できない。そうなれば市場は確実に縮小する。日立市の問題は企業城下町だったことではなく、一つの成功体験への依存から抜け出せなかったことにある。
ただし、地域環境だけを衰退の理由にすることもできない。
実際、地域一番店だったにもかかわらず、稼働を落としたホールの事例がある。
その店は駅前という好立地で競合店が自滅し、長年にわたり高稼働を維持していた。しかし、いつしか客は一駅先のホールへ流れ始めた。
原因の一つは情報発信力の差だった。
当該ホールは「どうせ地域一番店だから」という慢心があったのか、出玉ランキングを公表していなかった。
ところが近年、出玉ランキングは重要な集客ツールになっている。
ランキングに10万発オーバーの実績が掲載されていれば、「次は自分かもしれない」という期待感を生む。夢を見せる効果がある。
同時に、それは店側の営業姿勢を示す証明書でもある。
「これだけお客さんが結果を出しています」
そんなメッセージを毎日発信しているようなものだ。
さらに、実際に打ってみて回る台を客が体感すれば、その情報は口コミとなって広がる。結果として、さらなる集客につながる。
街が衰退すればホール経営は厳しくなる。しかし、同じ環境でも努力する店としない店では結果が変わる。
地域衰退という外的要因と、営業努力という内的要因。
ホールの未来を決めるのは、その両方なのである。
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