車内には男性2人組と、一人の男子大学生が乗り合わせていた。
大学生は弓道の弓が入った袋を携えていた。袋には「一橋大学弓道部」の文字が入っている。白いシャツにグレーのスラックスという服装も相まって、いかにも真面目そうな印象だった。
すると、2人組のうち年配の男性が連れにこう指示した。
「あの学生、一橋で弓道部だろ。絶対に真面目な人材に違いない。就職のことで少し話したいから、声を掛けてこい」
どうやら上司と部下の関係らしい。
しかし、指示された部下は躊躇した。見ず知らずの学生に電車内で声を掛けるのは、さすがに勇気がいる。
そうこうしているうちに、学生は目的の駅で降りてしまった。
上司は残念そうにこう漏らした。
「ああいう人材が入ってこなきゃダメなんだよな」
車内は空いていたため、会話は自然と耳に入ってきた。
すると、こちらが聞いていたことに気付いたのか、上司らしき男性が声を掛けてきた。
「聞こえちゃいましたか?」
「はい」
そこで逆に質問した。
「どういうお仕事をされているんですか?」
「飲食店や不動産、それにホールなどで30店舗ほど経営しています」
「ホールというのはパチンコホールですか?」
「そうです」
「何店舗くらいですか?」
「もう数えるほどですよ」
ここでさらに尋ねてみた。
「ところで、パチンコ日報って聞いたことありますか?」
すると男性は即答した。
「読んでいますよ」
「実は私、そこに寄稿していた元店長です」
すると相手は目を丸くした。
「え! うそばっかり?」
半信半疑の様子だったが、その後の会話で本当だと分かると、一気に打ち解けた。
聞けば、男性は複数事業を展開する企業グループの社長で、隣にいたのは部下だった。
社長はこう本音を語った。
「新卒は毎年1人か2人は入ってきます。でも、一橋大学みたいな一流大学から優秀な人材はなかなか来ません。だから思わず声を掛けたくなったんです」
この話で印象に残ったのは、「一橋大学=優秀な人材」という発想だった。
確かに難関大学に合格するには努力も能力も必要だ。採用時の判断材料にはなるだろう。
しかし、一流大学だから優秀とは限らない。
逆に学歴が目立たなくても、現場で圧倒的な成果を出す人はいくらでもいる。本当に重要なのは学歴ではなく、その人がどんな価値を会社にもたらすかだ。
そして、もっと重要なのは優秀な人材を探し回ることではない。
優秀な人材が入りたいと思う会社をつくることが先決だ。
将来性があり、働くことに誇りが持てて、社員が成長できる環境がある。そんな会社なら自然と人は集まる。
逆に会社に魅力がなければ、どれだけ優秀な人材を求めても振り向いてはもらえない。
もう一つ気になったことがある。
社長は自社事業を説明する際、「飲食」「不動産」と話した後、最後に「ホール」を付け加えた。もちろん深い意味はなかったのかもしれない。
しかし、もしパチンコ事業に強い誇りを持っているなら、最初に語ってもよかったはずだ。
優秀な人材が来ない理由を外に求めるのは簡単だ。
しかし、本当に問われるべきなのは、自社が選ばれる会社になっているかどうかである。
電車の中で偶然出会った社長との会話は、そんなことを考えさせる出来事だった。
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