その内容は驚くべきものだった。
「アメリカでパチンコを作りたい。日本の特許にも国際特許にも抵触しない、新しいパチンコを開発したい。その責任者として力を貸してほしい」
当初、ベンチャー企業は日本の遊技機メーカーと協業する道も模索したようだが、最終的には「ゼロから創る」という独自路線を選んだ。アメリカ市場に日本式パチンコをそのまま持ち込むのではなく、新しい概念の機種を作ろうというわけだ。
ベンチャー企業の鼻息は荒い。
「アメリカでパチンコを展開すれば、間違いなく大きなビジネスになる。州ごとに法律や許認可のハードルは異なるが、全米を制覇できれば5万店舗は狙える」
そして何より、ベテランプログラマーの心を動かしたのは提示された破格の条件だった。
提示された年俸は4億円。
アメリカの物価高を考えれば日本円換算で1億5000万円ほどの感覚かもしれないが、それでも異例の待遇である。
この金額は単なる年俸ではなく、「アメリカで新たなパチンコ文化を作る」ことへの期待料であり、本気度の証でもあった。
招待もファーストクラス。年内中に現地でのプロジェクト説明が行われる予定だ。
アメリカでは、実は日本発のレジャー文化がそれなりに受け入れられている。典型例がラウンドワンだ。2010年にロサンゼルスで1号店をオープンして以降、現在はカリフォルニアを中心に全米57店舗まで拡大している。スポッチャやアミューズメント体験がアメリカでも市民権を得たことは、「パチンコがアメリカ進出する土壌がある」ことを示している。
日本で衰退し続けるパチンコが、アメリカで新たな息吹を得る――そんな逆転劇が現実になる可能性が出てきた。日本では遊技人口の減少によって苦境が続くが、アメリカではむしろ「新しい遊技体験」として受け入れられる余地がある。
かつて世界でも稀な娯楽文化として栄えた日本独自のパチンコが、海を渡って第二の人生を歩むのか…。
ベテランプログラマーの挑戦を通じて、停滞する日本のパチンコ業界にも新たなヒントが生まれるかもしれない。日本で忘れ去られつつある遊技が、アメリカの地で再び花を咲かせるのか。その行方を見守りたい。
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