医師を目指す原点は、小学校3年生の春休みにさかのぼる。家族旅行でハワイへ向かう飛行機の機内で、思いもよらぬ出来事が起きた。成田空港を離陸し、太平洋上空を順調に飛行していた最中、客室内で急病人が出たのだ。
機内は一瞬ざわつき、やがてCAによるアナウンスが流れた。
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」
その声に応えるように、しばらくして一人の男性が名乗り出た。彼は医師だった。
医師は慌てることもなく、落ち着いた様子で急病人のもとへ向かい、テキパキと応急処置を施した。その姿を座席から見つめていた少年は、言葉にできないほどの衝撃を受けた。
子供心に「こんなにかっこいい大人がいるのか」と胸を打たれたのだ。この瞬間、「医者になって人を助けたい」という思いが、彼の心に深く刻み込まれた。
その思いは一過性の憧れでは終わらなかった。初志貫徹で勉強に励み、医学部へ進学。晴れて医師となり、医療の現場で人命と向き合う日々を送ることになる。
当時、実家のホール経営はまだ勢いがあり、十分に利益を生んでいた時代だった。しかし、親から「家業を継げ」と強要されることは一切なかった。彼は医師としての道を尊重され、仕事に没頭することができた。
医師になって19年が経過した頃、再び運命的な場面に遭遇する。
東京から新大阪へ向かう新幹線の車中だった。突然、車内放送が流れ、急病人が発生したため医師を探しているという。
その瞬間、彼は迷わなかった。自ら名乗り出て、急病人のもとへ駆け付け、冷静に応急処置を行った。無事に対応を終えた時、胸の奥から込み上げてくるものがあった。
子供の頃、飛行機の中で見たあの光景。医師を志すきっかけとなった、あの場面に、今度は自分自身が立っている。長年抱いてきた「機内で人を助けたい」という夢を、まさに体現できた瞬間だった。
この強烈な達成感が、人生の次の決断を後押しすることになる。
ちょうどその頃、会社には後継者がいないという現実もあった。悩んだ末、彼は医師という職業に区切りをつけ、家業を継ぐ決断を下す。
もっとも、もし本業が今もホール経営一本だったとしたら、同じ決断をしたかどうかは分からないという。
時代の変化と事業転換、そして夢だった機内や車中での「人助け」の達成感が重なり合った末に導き出された選択だった。
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