パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

ぱちんこ回想記 第22玉 最終学歴はパチンコ大学?

おはようございます。新しい抗がん剤治療が酷い副作用もないため、以前よりも毎日がマシになりつつあります。飲むと具合悪くなる薬も飲まなくていい事になりました。もう少し体が頑丈になってくれれば、いよいよやり残したい事のスタートです。

店名は「パーラー大学」。みんなは「パチンコ大学」と呼んでいた。店内に入るとお客さんがいっぱい! これまで遊んできたホールの中では1番の稼働率であろう。

ウロウロ見て回るとパチスロコーナーが9割稼働していて賑わっている。パチンコはどうだろうか。キングと麻雀物語がドル箱を積み上げ盛り上がっている。羽根物コーナーもあまり空き台がない。

さて、どれで勝負しようか。今こうして回想記を書いていて、「楽しむ」が「勝負」に変わった時だったのかもなぁと感じる。そして初めてお目にかかったのが、91年発売の「名人会」(三共)だった。


役物を見ると、お正月テレビで見た事のある傘をクルクル回す人がいる。そして何よりも驚いたのが羽根。見た感じ、どう開閉するのだろうと謎だった。さっさと両替を済ませて着席する。

面白そうと思うドキドキ感と、資金残り1万円のヒヤヒヤ感。普通は13歳で味わうことのない気分だろう。

打ち出してすぐに1チャッカーに入ると羽根が1回スライドして開閉した。

「すげー!真横に動いた!」

微笑みながら興奮したのを覚えている。興奮はいいが、打てども、打てども当たらない。あっという間に3000円溶かす。残り7000円。このまま打ってていいのだろうか? 

でもゲームボーイの転売で楽して儲けたお金。いいよ。このまま使っちゃえ!なくなったら、なくなった時のことだ。またお金は作ればいい。自暴自棄になるどころか開き直った。



開き直りが肝心だったのか、二度目の両替からすぐに初当たりがやってきた。1チャッカーに入るとスライドした羽根に2個拾った。拾われた玉の1個が役内の端から暴れる様にV入賞した。

「よしっ!」

1ラウンド目が始まると傘が上昇してストッパーが出現。拾われた玉が傘の上でクルクル回りながら貯留されていく。

「なんて面白い造りなんだろう」

西陣の機種ばかり打ってきているが、三共の機種もなかなかじゃないか。9カウント目に貯留が解除されると、傘の上にあった玉が一斉に下段ステージに流れ落ちる。そしてV入賞して次のラウンドへ。

一斉に解除された玉は狭い役内いっぱい入り乱れるので、個人的主観だがとても安定して継続するように感じた。結局最終ラウンドまで危なげなく続いて完走した。

「よし。これならいけそうだ」


何となくそう思った私。しかし、ぱちんこ。そう甘くはなかった。持ち玉遊技続行も、徐々に玉は減っていく…。7&15の賞球だからこそ、鳴いて拾っての返しで遊ばせられてる事に気づいていなかった。

それでも勝てると信じて、勝利という小さな夢を追って台と闘う私。なんてロマンチックなんだろう。全然惜しい当りもなく出玉は消滅する。少しだけ上皿に玉を残し店外へ。

負けることに焦りを感じてタバコに火をつけると店員のおじさんが話し掛けてきた。

「お兄ちゃん何処から来た?」

素直に答えると意外と優しい言葉が返ってきた。

「ここの店はね、警察署前だから、よく警察が見回りに来るんだ。もし警察が来たらすぐに教えに行くから、こっち側の出口から逃げるんだぞ! ここ学生ばかり来るからみんなそうやって逃がしてるんだ!」

今まで何軒ものホールに遊びに行ったが、こんな会話をした店員さんは初めてだった。まさかこの会話から20数年の付き合いになるとは思ってもいなかった。

「分かった!」と言い、また店内に戻って打ち出し開始する。そしてまたすぐに当たり軽々と完走も、また出玉は消滅。再度投資するも、当たっては飲まれて当たっては飲まれて。

結局帰りのバス賃を残してぱちんこ打つお金が底をついてしまった。外で話し掛けてきた店員のおじさんに「またぱちんこ打ちに来るね!」と挨拶すると、おじさんは景品カウンター前にあった小さな冷蔵庫からヤクルト2本取り出し、私にくれた。

外に出て溜息をついたのを覚えている。羽根物で3万円以上溶かす中学1年生の冬。悔しくて涙が出た。


貰ったヤクルトを飲み、バス停まで歩く。どうしたらぱちんこで勝てるんだろう。そもそもぱちんこで勝っていられる人っているのだろうか? ぱちんこを打って初めての疑問が生まれた。そして波乱の冬休みが幕を開ける…。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

ぱちんこ回想記 第21玉 某大人気シールにいたような…。その名は「Mrフォール」

こんにちは。現在入院中で病室からパソコンカチャカチャ。エアコン16℃強風に設定して暑さ対策もバッチリ。以前入院した時にいた可愛い看護婦さんと楽しくお話をして過ごしております。でも1日も早く退院したいと思っております。なぜなら、隣から聞こえてくる歯ぎしりに恐ろしくストレスを感じるからです。

結局は出玉が消滅して次は何を打とうか?となる。とりあえずは1度当てると満足する。「オロチョンパ」の隣には、地元「チャンスホール」で見た事のある機種。

1990年発売の「Mrフォール」(西陣)。


役物内には覆面レスラー。ついこの前まで小学生だった私は、集めていたビックリマンシールにこんなキャラがいたような気がしてならなかった。


「あれ、なんてキャラのシールだったかな」

思い出せなくてモヤモヤしていた。

モヤモヤしながらも打ち出し開始! パッと見た印象としては寄りそうなイメージと、役内のステージからVゾーンまでの高さの不安。あとは役内の覆面レスラーが、どう活躍してくれるのか? 印象はそれくらいだったかな。


打っていると何だか安心する。賞球がALL13ってのと、羽根がデカい+ゲージに安心していた。まだぱちんこを打って数カ月しか経っていないのに、自分の中で「ぱちんこ」の理想が少しずつ出来てきた時期でもあった。

ハカマも7本ずつの14本。落としに入っては鳴き、程よく拾っては13個ずつ戻してくれる。凄く玉持ちがよく遊べる。そしてファーストヒットは早くもやってきた。1000円もかからずに当たったが、謎の覆面は何の活躍もせずに、拾われた玉は下段ステージに落ちて、タダVゾーンにスコッと入る。


何とも呆気ないドラマのない大当たりなんだろう。そんな風に思いながら、大当たり中に見入る。上段ステージ(透明の)に穴が開いている事に気づく。ここに貯留されるとどうなる? しかし、なかなかここに貯留されないままラウンドが進んで4R目。ようやく貯留された。

どうなると思いきや、マスクマンがこの貯留された玉を背後に投げる「投げ捨てジャーマン」が炸裂して、マスクマンの両足の間からVゾーン目掛けて転がって来るという仕組みである。

「キターーーーーー!」と思って見ていたが、両足の間から転がって来た玉は、Vゾーンの明後日の方向へ転がって行きパンクする。

そう。この機種は各台によって非常に癖の良し悪しが左右されるのである。羽根物は全部癖次第だろ!と思うのは当たり前の事だが。この癖悪ミスターフォールにジリジリとやられる展開が待っていた…。

当たれど、当たれどパンクする。出玉はなくなり、100円玉が次々とノズルのない薄いサンドに入って消えていく…。

癖悪いのが、この頃の私にとっては、当たるから辛抱強く打っていれば玉は増えると考えていた。

まぁ、この考えがそもそもの間違えであった。通常時V入賞外れても、結構なくらいが惜しいハズレ方。これがやめられなくなる原因で追いかける羽目に。そして当たればすぐにパンク。出玉はなくなる。そして追い銭が始まる。




これの繰り返しだ。気づくと5000円使っていた。おいおい。なんだこの感覚は。大当たり回数が増えるものだから、あまり追い銭してる感覚がない。そのうちに、気がついたらかなり使っているという事に気づいたのである。

オロチョンパで負けた分と合わせると、もう1万6000円の負債。

往復のバス賃は約1000円。使える金額は2万1000円である。この時点で「まだ2万1000円使える!」が「もう2万1000円しかない」に変わっていた。

またまたヒヤヒヤの展開になる。まぁ、適当に打っていれば大体がこうなるのだが(笑)。13歳になったばかりの私にそんな事は分かなかった。

店内をウロウロ見て回ると、あと設置していた機種は「ニューナパーム」、「ぱちんこ大賞」、「カンガルーチャンピオン」(あとは覚えていない) 。

たしか、「ニューナパーム」と「ぱちんこ大賞」を打って、当たらず1万円散財した記憶がある。

そんなヤケクソ打ちしている時に、「Mrフォール」のキャラに似たビックリマンシールのキャラの名前を思い出した。そして私はこの「銀座ホール」を後にした。玄関のガラスドアに唾を吐いたのも初めてだった。

ぱちんこを打って初めてイライラした。唾を吐くなんてくらいな感情を持ったのも初めての事だった。それは負ける事に対しての怒りである。負けて金銭に余裕がなくなるからと言うよりは、ぱちんこを打ち始めた当初はあんなに遊べたのに!と、どうしても打ち始めた頃のマグレを思い出してしまう。

もう少し勝ったり、負けたりがあれば面白いのだろうけど。勿論、勝てるようになったのはまだ先の事。でも意外とそれは早く、言ってしまえば16歳の頃であった。

なので暫くは、この熱く打って負けたり勝ったりの話が続くのでご了承願いたい(笑)。

「銀座ホール」を出て、雪が少し降っていた午後。大分適当に歩いてみると警察署があった。警察署の向かいにラーメン屋があった。(店名不明)腹が減ったのでラーメンと餃子を食べ、外に出て辺りを見渡すとホールが2軒並んでいた。

1軒は「ジャンボ」その隣が「パチンコ大学」

入ろうと決めたのは「パチンコ大学」そしてこの大学に入ったのが間違いでもあったが、このホールとは店と客という付き合いを越える長い付き合いになる。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

ぱちんこ回想記 第20玉 ぱちんこ台から流れた初の歌

暑いですね…。私の最も苦手とする季節がやって来ました。プラス治療していると平熱が大幅にUPする為、昼間の気温が30℃越えるとかなりの地獄…。今年は特に気をつけて過ごさないといけないようです。皆さんも水分補給を忘れずに気をつけてお過ごしくださいませ。

中学生になり初の冬休みが迫っていた。暇な毎日をぱちんこ打って過ごしたい。でもお金が無い。さぁどうしよう。そう思っていた朝だった。何気なく新聞の折り込みチラシを見ると、町内にあるスーパーの敷地内でゲーム機やゲームソフトを2日間売りに来る業者がいるらしい。

そこで見たのがゲームボーイの本体(中古)が限定10台500円!と書いてあ1る。確かゲーム屋さんに行くと中古で5000円くらいで売られていた時期。その他のソフトもお店に行って買うよりは大分安い。

そもそも地元にゲーム屋さんはなく、買いに行くとなるとバスで行くか電車で行くか。これは金になる!と思った私は、また実家のレジからお金をくすねる事にした。

今度は大胆に一撃1万円。ポケットに入れて学校へ行く。そして放課後…。スーパーに行くとゲームが売られているではないか。500円のゲームボーイは1台も売れておらず残っていた。

「すいませーん。ゲームボーイ10台!」

普通に10台まとめて売ってくれた。残った5000円でマ〇オ系のソフトを買えるだけ買う。そして翌日…。学校にゲーム機を数台持って行き、買い手を探した。1台5000円であっという間に完売した。1台4500円の儲け+ソフトで3000円の儲け、合計で48000円。レジからくすねたお金はとりあえず返した。たったの2日で38000円を手にした。これで安心してぱちんこが打てる。早く冬休みが来ないかと。

指折り数えた。そして待ちに待った冬休みがやって来た。ぱちんこ打ちたさに買い食いも我慢して我慢して、38000円を握りしめて向かった先はバスで30分の宮城県登米郡(現宮城県登米市)だった。迫町佐沼のバスターミナルで降りてウロウロしてみると、私の好みのホールを発見した。

「パチンコ銀座」

銀座じゃないのに銀座。今でも不思議な店名である。後から知ったが地元チャンスホールの系列でもった。外から店内がスモークで見えないほど真っ暗。いかがわしい10円ポーカー屋のような雰囲気だったのを覚えている。いつも以上に入るのに勇気がいった。店内に入るとお客は2人だけ。全2島しかない狭い店内の設置機種を見て回るとオール羽根物。

しかし、大半が地元チャンスホールで見た機種。「D51」にも出会えず。見た事のない機種は1992年発売のオロチョンパ(三共)だ。見た目で選んだのがオロチョンパだった。見た感じ優しそうに見えたからだ(笑)両替を済ませていざ打ち出すと…。


とにかくうるさい(笑)。ぱちんこ台が喋る喋る!役物やセルを見ると「河内家」「菊水丸」などとデザインされているが何の事だか全く分からずに打っている私。

1チャッカーに入ると「おろちょーん!チャンスやで!今や今や!」なんだなんだこの台は!そして打つこと5分もしないうちに当たり到来。羽根が開いて羽根に乗った玉が閉まると同時にステージに落ち、すんなりとV入賞した。そしてまた驚いたのが、この台は歌が流れるのである。


「古今東西~ヤマタノ~オ~ロ~チ~」あとは動画でみてください(笑)

打っていて気づいたが、うちのポチに似ている役物である。大当たり中は裏に回った玉が1つ貯留されて7カウント目で解除される。

それにしてもこれまで打った中では抜群の安定感だった。全くパンクの心配もなく大当たりを消化できる。でも賞球は5&10。出玉は少ない。無事に15ラウンド完走で出玉を作り、本日はこれで安泰だ!遊べる!と思っていたのが甘かった…。ここからまさかの負け戦になるとは1ミリも思ってもいなかった。




ここから本気で当たらない。2チャッカーに玉が入る!と思ったら初の出来事。玉が2チャッカー上の2本釘で動きが止まる。そう。俗に言う「首吊り」である。偶然初当たりが早かっただけで全く1チャッカーにも入らない。

思い出せば500円くらいあたりで1チャッカー入賞が2回くらいじゃなかったか。意地になって出玉が飲まれても続行してしまう。熱くなりすぎて投資が止まらない。ゲーム機を売って簡単に稼いだお金。

こんなカツカツの調整台に1万円も使ってしまった。イライラして打ってはいたが、まだまだ金はある!と余裕たっぷり。楽して稼いだお金だからこそ使い方も雑になる。こんなにもカツカツの調整なのにまだ逆転出来ると思っていた私は冬休み1回目の地獄を見る事になる。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。


ぱちんこ回想記 第19玉 ノックアウト

こんにちは。7月7日はパチンコ店に行く人が多かったみたいですが、皆さんはどうでしたでしょうか? 残念な事に私の住んでる地域のホールは特別な事する訳でもなく、通常営業だったようで。私は普通に仕事して一日が終わりました。

「フィーバーキング」との勝負は期待の保留連へ。隣の人も注目して見ているからこの台は保留連荘機で間違いない。期待して見ていると2回転目か3回転目でリーチがかかった。

「よし!」と左手を握り、リーチの行方を見守っていると1コマ手前でハズレ。「終了後の保留でリーチかかってハズレあるのかよ…」ともの凄くガッカリして全身の力が抜けた。

両隣の人の同情の目が凄く痛い。

あとはリーチもかからずに通常へ。今交換すれば5000円ちょっとにはなるだろう。続行か交換か。悩みに悩んで続行した。

打ち続けるとリーチはかかるも当たらず1箱あった玉は半分まで減る。もう当たる感じもしないなので交換すると2500円になった。

ぱちんこの恐怖感。このまま打てばお金はいくらあっても足りない。何故かその恐怖感を認めたくなくて、セブン機を打たないで羽根物ばかり打っていれば恐怖を感じないはず。

そもそも、ぱちんこを打ち始めた理由はなんだった? 「D-51」に会うためじゃないか。

交換所で現金に替えて暫くそんな事を考えていた。そもそも、ぱちんこの軍資金は、親が一生懸命働いて稼いだお金をレジからくすねたもの。ぱちんこしてるなんて両親は知るハズもなく、考えれば考える程段々と申し訳なくなってきた。

さぁ、残り少ない金でどうしようか…。使えて5000円。私はトボトボと歩いて隣にあるホールへと向かった。その隣にあったホールは「パチンコ大学」。今は住宅地になっているが、今でも忘れられないホール。

しかし、何よりも怖かったのが、このホールのすぐ近くには警察署があるという事である。でも店内に入りたい気持ちの方が強く、コソコソと隠れるようにINした。ここで私の大好きな羽根物歴代TOP10に入る名機と出会う。

「ニューナパーム」(西陣)。1992年登場


もう初めて見た瞬間に謎だらけで虜になる。どうなってどうすれば当たるの?まぁ、羽根物なので羽根に拾われて、その玉がVに入れば当たりなんですが、役内を見た感じ回転体に玉が行くルートが見当たらない。もうこれは打つしかないでしょ!となる。

よしよしと両替機に辿り着き両替を済ませると、なにやらパンチ店員さんの視線が結構冷たく痛い。これはあまり長居出来なそうな雰囲気。逃げるように着席して玉を借りて打ち出す。

向かい合って見ると、羽根が大分下の方にあるように感じたのが印象的だった。役内中央下には上下する羽根。その羽根が上がっている時に玉が入るとアウトに行くのだろう。それにしても回転体にはどうすれば行くのだろうか…。


そして打って鳴いても拾わず、拾っても即アウトへ。軽く1000円溶かして再度両替機へ。

やはりパンチ店員の鋭い視線が痛い。

何度も突き刺すような視線が嫌になり、2000円か3000円分両替した記憶がある。また逃げるように早歩きで戻る。そして打っていると、見てない時に拾った玉が気づいたら回転体のハズレ穴に入っていった所を見た。

「見逃したよ…」

これだから羽根物というのは目が離せない。次こそは!とまばたき、よそ見厳禁。100円玉が次々と溶けていくが、もうここまで来るとなくなるもんだと思って打つもんだから気にもならない。

まぁ半分不貞腐れて打っているんだけどね(笑)。

そしてここから怒涛の攻めに入る。謎だった回転体へのルートが判明する。中央下に上下する羽根をクリアした玉が脇へ。脇の穴へ入ると回転体へとピョンと跳ねて送り出される。

「おー!なるほど!こうなるのか!」

しかしVには入らず。拾われた玉が次々と回転体へ跳ぶ!当たりはしないが、何度もVめがけて惜しいあたりを連発するだけで興奮するものだ。でも軍資金は残りあとわずか…。

「数打ちゃ当たる」

そう信じて打ち続ける。そしてようやく当たりが来た。2チャッカーからだ。たしか2回開いて4個くらい拾ったような記憶。回転体に2個跳んで1個はV手前、もう1個はV待ちみたいな流れになりV入賞。待望の大当たりがスタートしてサクサク拾った玉は両脇の穴に貯留され、解除されると次々と回転体へ押し上げられてV入賞し、次のラウンドを目指す。



しかし、こんな運のない時というのはとても残酷なもので、たしか4Rくらいの出来事だっただろうか、全然拾わなくなる。拾っても貯留されずにアウト穴へ直行したり。回転体へ1個も行かずにパンクする。ぱちんこあるあるだ。

まぁ半べそかいた(笑)。そしてお決まりのパターン。あとは打てども打てど当たらない。出た玉はなくなり、持っていたお金も電車代残して全部なくなる。某漫画で沼パチンコを打って数千万円なくなった主人公が「へな」となるシーンがあったが、まさにそれだった。

ホールの外に出てからはしばらく地面に横になって空を見上げた。

「何してんだろう」

もうぱちんこを打つお金もない。帰りの切符を買ったら、タバコもジュースも買えない。もうすぐ冬休みが訪れる。冬休みになれば暇な毎日をぱちんこで過ごしたい。どうにかしてお金を作らねば。そして、ぱちんこを打ちたさに、お金を作る作戦に出る。

つづく


人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。

ぱちんこ回想記 第18玉 ホール発見は夜の帰りの電車の客室窓から

こんにちは。ワールドカップのブラジル戦の激闘は凄かったですね。惜しくも負けてしまいましたが、日本代表の選手にはとても元気を頂きました。明日からの治療も頑張れそうです。

仙台の都会でぱちんこを体験した私。前話でも書いたように、都会のぱちんこの合わなさを感じて、暗くなってから仙台駅で電車に乗って地元の田舎まで帰る。それが私にすれば新しいホールを開拓する大チャンスだと気づいたのは偶然にもこの日だった。

小学6年の頃までは電車に乗ってても、ホールのネオンがあるくらいにしか思わなかったが、まさかその1年後には血眼になってネオンからホール探しとは。仙台から地元まで約1時間かかる。窓の外を見ていると何軒ものホールのネオンがキラキラしていた。

仙台から離れてもネオンは所々にある。

「こんな所にもあったか」

そりゃたまにはモーテルのネオンと間違えた事もあった。目標は極力地元から近く、電車で行ける小さなホールだ。地元に近づいていくと「こんな所にあったか」と吃驚するくらいの街にホールのネオンが並んで見えた。

なんと地元から2つ目の駅だった。また胸が高鳴り始める。時間があるなら今電車から降りて打ちに行きたい程だ。そんな気持ちを押し殺して週末を待った。

いつもと変わらず登校して、授業中は寝るかゲームボーイで過ごし、退屈な平日を過ごしてようやく待ちに待った週末を迎えた。

起きて準備をして駅に到着。仙台方面へ駅2つの小牛田駅(現JRこごたえき)へ。当時片道200円くらいだっただろうか。電車で15分くらい。

電車から降りて駅から出る。数日前に電車内から見たネオンの位置の記憶を頼りに歩いてすぐにそのホールがあった。しかもそんなに離れずにトータル3軒のホール。なんて素晴らしい街なんだ。

1軒ずつ入ろうと決め、まずは今でも健在「パチンコ新幹線」から。当時にすれば大きなホール。入ってみるとお客さんは結構多い。そして何よりスロットコーナーの客層が初めて見たくらいにガラ悪そうな人が多かった(笑)。

羽根物コーナーを見て回ると、当たり前に「ビックシューター」、「マジックカーペット」。これにはガッカリしたが、何やら客付きの良い機種に目が止まる。それは当時、とても大きく見えた三共のドラム機「フィーバーキング」だった。


1992年11月登場

大当たり確率1/254 、賞球数7&15、5ライン

空き台がなく、ドル箱を重ねてみんな楽しそうに打っていたのを覚えてる。よく考えてみると新台で設置されて間もない時期。出玉もあり、なかなか空きそうに無かったが、何となく打ってみたくなり待つ事にした。

どれくらい待ったかは覚えていないが、結構待って座れた事だけは覚えている。「フィーバーレクサスV」なんかと比べると大分ドラムがデカい。どんな台かも分からずに打つ。


自分で打ってゲーム性を覚えるのが楽しみの1つでもあった。そして打ち出しスタート。打ち出して玉の流れを見ると、ドラム脇にある風車に右に弾かれた玉は「ステージ」に乗り、乗り出した玉は無条件でスタート(ヘソ)付近まで行ってくれる。今までの機種だと道釘をカチャカチャと渡り転がってスタートに向かうのだが、キングの場合はステージからがメインと言ってもいい。


だからといってステージから向かう玉がボロボロとスタートに入る訳ではないが、見ていて入りそうな気がする玉の動きに一喜一憂できたものであった。ストローク(弱め打ち)で回転数が稼げるなんて知ったのはまだまだ先の話。リーチがかかると、とりあえずはドキドキ。打って間もなくダブルリーチ。ハズレはしたがドキドキ。隣は当たって保留連荘してるのを見て、キングも保留連荘機と気づく。そして全くいいとこが無いまま投資は止まらず5000円を越える。

またいつものように変な手汗が出る。一度店外へ出てタバコを吸い、財布の中身を確認する。使える金額残り3000円くらいだっただろうか。でもこんな事はよくある事。今までのぱちんこを考えれば、1度は当たってる。俺は当てれる男だ!と強く思い、戦場に戻る後ろ姿は小さなぱちんこ戦士(と思いたい)。



なんだかんだでヤケクソの私は全部硬貨へと両替した思い出。ヤケクソ両替した割には
ケチケチと100円ずつ玉を借りる。

当てたい!と強く思う気持ちは、100円硬貨が減るに連れて次第に1分でも長くホールに居たい!という気持ちになる。そしてヒヤヒヤケチケチ打ってたらようやく当たりが来た。

図柄は忘れたが、下段ラインのリーチで熱く見守っていたら1コマ手前で停止!ハズレかよ。と思ったら再始動して揃い大当たり。1度外れたのに再度動いて揃ったのには驚いた。「見間違えたか?」確かに一度外れたはずなのに…。大当たりラウンドをサクサク消化して保留連に期待。パンクせず16Rを消化した私。
「フィーバーキング」との初対決はどうなるのか?

つづく



人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。