パチンコ日報

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一般景品市場に食指を動かした商務省


かつて、海外のスロットメーカーが日本市場に参入できた背景には、“外圧”があった、といわれている。



当時は30兆円産業と喧伝されていた時代で、誰もがパチンコ業界参入に食指を動かした。



“外圧”を使ってまで苦労して参入した外資メーカーも吸収合併されたり、撤退したりで初期の目的を達成することはできなかったが、パチンコ業界を貿易摩擦解消の場にしようとした動きがあった。



日経新聞のある記事が某国商務省の関係者の目に止まった。



それはパチンコ店で景品のマウンテンバイクが飛ぶように売れている、という小さなカコミ記事だった。



当時の業界の市場規模は30兆円。そのうち95~97%が換金としても景品市場規模は決して侮れない。



「レジャー白書2007」によると市場規模27兆5000億円の時代で一般景品市場規模は8000億円、と推計されてる。



貿易赤字の解消に目をつけたのが一般景品市場だった。



一時期1万円のタラバガニが飛ぶように売れた時代もあった。牛肉やオレンジを景品にすることも十分可能である。



景品額の上限1万円を撤廃するなり、5万円に引き上げればもっと高額な景品が提供できる、と考えた。



結果からするとこの構想は流れてしまう。



一筋縄ではいかないのがパチンコ業界である。仮に貿易赤字解消のために、景品市場へ参入した、としても結果的には海外スロットメーカー同様に、撤退していた可能性が極めて高い。



時代は等価・高価交換営業にシフトしていく中で、高額商品はほとんど売れなくなり、景品商社も随分と淘汰された。



そもそもパチンコユーザーは換金目的でパチンコをしているわけで、一般景品には興味を示さないことをどこまで理解していたかだ。



たとえ、魅力的な景品があっても、一般景品と交換することでパチンコ資金の循環が断たれてしまう。



宮沢りえの「サンタフェ」が発売されたとき、発売初日に景品交換できるホールにファンが殺到したことがあった。



玉を買ってパチンコもしないで、そのまま計数機に流して、写真集を手に入れていたが、こういう景品がそうそう出てくるものではない。



顧客の景品ニーズを改めて研究して再トライしますか?



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イタリアにほれ込んだ社長


先日、業界団体の元・会長が急逝した。心不全だった。



その人との思い出でも話そう。



16年前、CI導入でホール名でもあった社名からイタリア語の社名に変更した。その理由を次のように語っている。



「世の中の人に安らぎの場を提供するために、遊びの先進国であるイタリアを参考にした。イタリアの遊びの文化をわが社に取り入れ、色々なことに挑戦していきたい」



社名はイタリア語で「試み」という意味が込められていた。



フラッグシップ店のプロジェクトには足掛け3年かかった。



ホールも徹底的にイタリアにこだわった。イタリアの中でパチンコをしているかのように。



参考にしたのがトスカーナ地方だった。自然に恵まれ、古い町並みが残る金融都市で、ルネッサンス期の天才芸術家レオナルド・ダ・ビンチを輩出した。



トスカーナ地方はイタリア人の心のふるさとであり、イタリア人が住んでみたい街で、それを日本で再現した。



建物は見本市会場のようになっている。これは次から次へと新しいことを提案するためだ。



内装、外装、外壁の建築素材は石や漆喰に至るまで、すべてイタリアのものを使った。ドアノブ一つとってもすべてイタリア製だ。



建物内はフロアごとに過去、現在、未来を表した。



1階は過去。壁はエイジング工法で何層も壁を塗り、600年前のイタリア・ルネッサンス時代を再現した。



イタリア人がパチンコのノウハウを掴んで、イタリア人がパチンコ店を設計したらこうなる、という仮定の元でこだわり抜いた。



入場料が取れるようなパチンコのテーマパークを目指した。



「テーマパークというと大型の施設を連想するが、小さくてもテーマパークと捉え目標、テーマを構築してお客様に提供していく。常に楽しいことを考え、それを提供してお客様にも楽しんでいただく」



14年経っても外観は当時のまま。イタリア人シェフが運営するイタリアレストランも健在だ。



ローコスト建築がすっかり定着してしまったが、当時のパチンコ業界にはそんなことがチャレンジができる業界であった。



新しいことにチャレンジできる環境の中で、社員の方もワクワクしながら仕事をしたことだろう。



改めてご冥福をお祈りします。



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16年前の予言


パチンコ業界に参入するきっかけは、ホール企業が飲食業界に参入するために相談にきたことだった。



この出会いがあって未開拓だったホールのコンサルを始めることになる。



ホールの顧問先はまだ10社ほどの時代の話し。



三菱銀行が東京の大手ホールのファイナンスを出し渋っていることを受けて「まず、きれいな会社を作りメインバンクを作ること」とセミナーの話しが始まった。



まだ20世紀。



迫りくる21世紀を「競争の時代は終わり、共存共栄の時代になる。1人勝ちの時代は終わる」と断言した。



その心は21世紀は「天地自然の理の経営」になるから、と。



元々は松下幸之助の名言で「経営というものは、天地自然の理にしたがい、世間大衆の声を聞き、社内の衆知を集めて、なすべきことを行なっていけば、必ず成功するもの」から来ている。



その法則に従えば、安く仕入れて高く売ることは誰にでもできるが、21世紀は「高く買って安く売る時代」とも。



これこそが天地自然の理の経営の真骨頂なのだろうが、予定より大幅に遅れているようだ。



たまにはこうして、昔いっていたことがその通りになっているか、検証してみることも必要だ。



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女性店長は今


パチンコ業界ではアルバイトから正社員になるケースは珍しくないが、女性のアルバイトで店長になった人はそうそういない。



パチンコ業界でアルバイトする理由の一つに、時給の高さが挙げられる。彼女もそんな一人だった。ファーストフードの時給が600円に対して、パチンコ店は1000円だった。



時給が高い反面、重たい玉箱の上げ下げに腰を痛めてリタイアする人が多い中、幸い彼女は体が頑丈だったので、体力的に問題はなかった。



しかし、1年半勤めたところでホールが倒産した。



次に面接に行ったのが今のホールだった。仕事にも慣れカウンター班長に昇進した。そのころ「社員にならないか」と声がかかった。気がつけば4年経っていた。



ある日、店の親睦会が開かれた。その席で酒も入った勢いで専務に「パチンコ業界の会社では、女性は出世できないのですか?」と直談判した。



専務はこの時の申し出を真剣に考えてくれていた。



数年後、新店を女性店長と女性スタッフだけで運営する、という大冒険に出た。



店長や女性スタッフには機械や客とのトラブルの対応経験がなかった。これはぶっつけ本番だったが、いざとなれば、他店のベテラン社員がサポートする体制を敷いていた。



予想通りというか、女性スタッフばかりなので酔っ払いやチンピラが絡んでくることは一度や二度ではなかった。



「この店は客をバカにしているのか!小娘ばっかりで。店長を出せ!」



「私が店長ですが」と対応するとますます激昂した。



「本当に客をバカにしている。貴様が店長なわけがない!」



ここでひるんで逃げると「アルバイトの女の子が付いてこない」と度胸をすえ、チンピラと対峙した。



女性スタッフばかりなのでゴト師にも狙われた。ゴト師を発見した時、追っかけて捕まえたこともあった。



男性のほうが仕事はテキパキと早いが「笑顔と心配りで女性らしい気遣いのあるサービス」を心がけた。



ホールの雰囲気がよくなるにつれて、女性客が増えた。



島からわざわざ船に乗ってやってくる老夫婦もいたが、視力障害の男性客も顧客になった一人。目が見えないため、スタッフが各台のデータを教え、台を選んだ。最初の玉の打ち出しもスタッフがハンドルに手を添え、スタートに入りやすい位置に固定した。大当たりを聴覚で楽しんだ。



トイレにはスタッフが手を引いて案内し、外で待っていた。



29店舗中、稼働率では最高が3位だった。



今、彼女はどうしているのか。稼働率でナンバー1を取ったのか気になるところだ。



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DランクからCランクホールへの道


いささか、古い内容の原稿だが、今でも通用する部分もあるかと思われる。いいところだけ参考にすれば、DランクからCランクへ這い上がれる。


ホールをランク分けするのは、大変失礼なことだと思う。

しかし、ランク分けすることで現在の自店の位置を知ることで今後の戦略が立てやすくなる。


300台クラスを例に、Dランク店とは月間粗利が1500万円未満のホールとする。


Dランク店の特徴は、
 ・競合店が入替えしたから自店も入替えする

・競合店がイベントをしているから自店もする
、というように現状維持のために守りの営業に終始している。


その結果、経営も消極的になり、経費、人件費の削減や新台入替えの費用を減らすことばかりを考えている。


ホール経営は経費を削減する努力よりも、売上を上げる努力の方が大事で、トータル的に見てもよい結果が出る。


例えば、人件費を下げると労働意欲を失い、従業員の接客態度が店の稼働や粗利にまで影響する。


人件費を浮かせた金額以上に粗利が減る結果となる。
粗利1500万円以下では、他に金を回せる余裕がない。


ある方法で2500万円の粗利を上げることが可能ならば、今までよりも1000万円の余裕ができる。
その1000万円を設備投資や人件費に全額費やす。

そういう考え方をまず持っていただきたい。


粗利益アップの方法


パチンコ店の最も効果的な攻めの営業とは、今でも新台入替えだ。

この経費を捻出するためにもDランク店は、粗利重視の営業にポイントを置かなければならない(Bランク以上は稼働重視)。


粗利重視の効果的な攻めの営業には、次のような方法がある。

①客に有利な営業方法に変える(組合ルール、競合店の営業方法と比べて)


②サービス向上に努める(人的、物的)

③現在の客数を維持しながら1.5倍ぐらいの粗利益を上げる


④粗利を取り増えた粗利を新台入替えに投資する
1500万円の粗利を2000万円(500万円のアップ)にするには、現状の割数で客数を1.3倍にできれば可能。

同様に1500万円を2500万円(1000万円アップ)は、客数を1.7倍にできれば可能。

250台のホールで平均客数150人(A、Bクラス)を200人に増やすことは容易ではないが、1.3倍の例で50人を70人、70人を90人、1.7倍の例で50人を85人、70人を120人に増やすことは、それほど難しくない。

前向きな設備投資とよいスタッフ、ちょっとしたイベントの実施で月間粗利を(設置台数×10万円)は可能だ。

努力次第でDランク店が数カ月から1年ほどでCランク中クラス(2500万円)にはなれる。


効果的な攻めの営業戦略の準備
粗利重視の営業に当たって自店の営業方法を見直してみよう。

粗利を上げるには、お客さんが見て競合店より自店の方が有利に思える営業ルールに変えることで、粗利を確保しやすくなる。

例1.
パチンコ/ラッキーナンバー営業→全台ノーパンク営業
  

パチスロ/7枚交換→等価交換、持ち玉移動OK


例2.パチンコ/全台ノーパンク→コーナー持ち玉移動OK
営業方法の変更とともに稼働のいい機械を店の中心にすべきコーナーに固め、店のメインコーナーを作る。

店に活気のあるコーナーを1つ作ることが、Dランク店の効果的な戦術だ。


効果的な攻めの営業の具体的戦術
では具体的にはどのような方法があるのか。

①新聞広告、チラシ、DM、店内ポップなどを上手く利用しながら様々なイベントを実施する。

②薄利多売営業の実施


③新機種発表直後に地域一番で新台導入を連発する


ここで注意しなければならないのは、Dランク店がAランク店と同じ内容のイベントを実施しても同じ結果は得られないということ。

例えば、Dランク店が「入替えなしの出玉イベント」を実施したとする。

粗利0のトントン営業を1週間実施して、客数が少し増えたとする。

しかし、店の信頼がないDランク店では通常割数に戻したとたん、客数も以前の状態に戻る。

イベントなしの月間平均粗利が1500万円だとすれば、イベントを1週間実施した時の粗利は1200万円に落ちていることが推察できる。

つまりイベントをして300万円の損失、という結果になるだけ。


しかし、Dランク店でもスタッフのサービス向上を図りながら、通常割数で新機種初期導入の新台入替えを数回連続すれば、通常時の平均客数は1.1~1.5倍になってくる。

そうすれば、釘調整、設定のしかた次第で粗利益が1.1~1.3倍になる可能性は大。

 むしろDランク店で行うローコストイベントとして是非お勧めしたいのが、新台入れ替えから1週間ぐらいをファン感謝デーとして期間を決め、毎日2~3回ホールにいるお客さん全員にドリンク券を配ってカウンターにドリンクケース(ホット用、コールド用)を設置して、ドリンクサービスを実施すること。

仕入れ値で60円程度のサービスだが、これが意外に喜ばれる。

 また、最近の集客アイテムをフル活用することもお勧めできる。

今風のスタートプレート、ポスター、のぼりは飾り付け方で結構お客さんのやる気を引き起こす。