パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

業界はホスピタリー精神を看護士さんから学べ


病院の待合室で

◆看護婦さんが監禁される!?◆



患者さんは82~83歳(会社経営者)、

看護婦さん25~26歳(新人のようだ)



●看護婦さん

ね~佐藤さんの別荘へ連れて行ってください~~



●患者さん

お~そうか。ウチ(別荘)にきたら、あなたは監禁されるで~



●看護婦さん

ええ~カンキン???



看護婦さんは、患者さんのジョークが分からないみたいだ。



それもそうだ。



年の差50もあって、まさか、この人に拉致されるとは思ってもいないだろう。



でも、この新人看護婦さんのニコッと笑顔が素敵である。



一瞬、自分のおじいちゃんを思い浮かべたのだろうか。



とても元気な患者さんや。



なんで、病院にいるんやろう?



こんな老紳士でユーモアいっぱいの患者さんに出会う時は、看護婦さんも張りつめていた神経も和らぐのではないかな。



看護婦さんの“監禁”が解ける時って、わりとこんな瞬間なのかも。



ツクリ笑顔でさえも、つくることがギコチナイのが、パチンコ屋さんの笑顔である。



賭けごとだから、もっと柔和な笑顔がほしいのに・・・



儀礼的な礼に、義務的な笑顔。



まだまだ下手くそな接客、低レベルなマナーが平然として横行しているのはなぜ?



業界もかつてない厳しい折に変われないのはなぜか・・・



顔で嘘をついているような愛そう笑いがほどけた時が、稼働が上がる時ではないかと思う。



あの天下のマルハンでさえ、最近よく目につくのは、顔にただ、笑顔が貼りついているような病的感を感じる時さえある。



お客さんのための笑顔が自己満足の笑顔になってはいないか。



ホスピタリー精神の最先端の医療の現場のなかで、患者目線で昼夜密着している看護婦さんから学ぶべきことは多い。



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在日を生きる =町内会と共生する思い=


町内会の重臣から、

ゴルフコンペの参加について説明を受けた。

熱心だ。

とにかく催しモノには格別な熱心さを感じる。

彼らには朝鮮人だからという

ワダカマリもヘダタリもない。



思い起せば、わたしの幼い頃は

差別と偏見、蔑視の傷跡を負った時代といえる。

にんにく臭いといって、いつも遊び仲間の

遠くに追いやられていた。



いまのニュース沙汰になるようなイジメに

比べようにもならん次元の残虐さを感じている。



八百屋さんに大根の葉っぱをもらって帰る道で

大勢に待ち伏せされて道をふさがれた。

朝鮮人は可哀そうとヤジられて、

股の下を潜って行けと言うので・・・

その時、足で蹴っ飛ばされた。

葉っぱは散らばって、

泣きながら拾い集めた記憶は

今も生々しい記憶として残っている。

(大根の葉っぱのキムチは独特の歯触りで風味も格別、

いまは、日本のひとが好んで食べている)



家に帰って、悲しむオモニの顔を見るのが辛くて、

何度もひとり悔し涙をのんだ。

これが差別に反抗して向き合い始めた

キッカケのような気がしている。



幼い頃にあった民族差別の

数々の傷跡は今になっても・・・

やり場のない哀しい記憶として、

脳裏に刻まれている。

差別に目覚め、

階級意識を開花させていったのも、この時だ。



ふと、そんなことがよみがえるのは、

町内の日本の人々が優しいからである。

優しさの和みの、反動なのかカラダの硬さがほぐれそう。

今日も家の真向かいに誇らしげに咲く、

「さつき」の花が話題になった。

ツツジよりも1カ月ほど、遅く咲くので、

サツキの名がついたと言われるが

ツツジを待たずに大きな花びらを

満開にさせたので近所の話題になっている。



「今年こそ、夏祭りに参加したいんですけど、

どうしたらいいんですか」」と提案して見た。

花見だ、食事会だ、葬式だ、旅行だの・・・

昔から町内とのおつき合いには、格別な注意をはらってきた。



各地転々としながらも、

日本の人のなかでも生き甲斐を感じられるように・・・

大阪に住んでからは、

差別や違和感もなく、すごせたのは・・・・・

民族がひしめく日本唯つの在日的大都会のセイだったのだろうか。



たまに、近所の井戸端会議に、すり寄った時には、

在日として民族を生きる宿命のようなものが切迫してくる。

在日として、「共存して生きる」ことを思い知らされる。



折り入って、

身の上話を打ち明けることもある。

むしろ在日には言えない事柄も

民族を超越した・・・

人間的信頼関係からしてか・・・



朝日親善とか日朝友好とか、

どっちが主催で

どっちが主導じゃなくて、

共に助け合い生きることを前提に・・・

お互いに尊重しあうことを理解しながら・・



北とか南との政治対決に影響されることもなく、

総連とか民団の投げやり的な主義の主張にも左右されない。

日本のなかで在日が共存して民族を生きるには、

それらの利害関係に影響されることなく、

独創的ものが体制づくりにあるべきだと

切に願わざるをえない。



激変する半島情勢と日本の狭間で

生きる在日の葛藤や矛盾、限界がいりまざっている。

模索するにも、あまりに遅すぎた・・・







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トミナガハネモノ塾その3…ハネモノは耕す畑のようなもの


ハネモノの客層は耕すモノ



遊び感覚とは、遊んだと感じる、満足感に浸ることである。



春夏秋冬の季節とともに、種まきから始めて苗に、苗から枝から実を結んで育っていく。



水をやり過ぎても根っこを枯らしてしまい、土が乾いたら水をやる。喉を枯らして辛そうな時に放水すると喜んで花びらまで届いて、やがてパッと花が咲く・・・ハネモノ客の特性も耕す畑のような存在価値があるモノである。



だからゆっくりと遊べる憩いの空間があればどんなに喜ぶであろうか。



一発逆転でもなければ、大量出玉でもない。



賭けた投資で倍以上の勝利感をたしなむことができる。



ゆっくり、じっくりと時間をかけて遊ぶ客層であることは言うまでもない。



地域は近く、いつも自転車か歩きでいい時も悪い時もコツコツと訪ねてくれる。



お年寄りご年配が多くて多店舗に浮気もしない。



いい噂も、悪い噂も、誰よりも先に届く。だから、いつも間にかこの人たちは広告塔の役割もしている尊い存在でもある。



耕して、耕して、水をあげ、肥しをあげて、末長くお付き合いをさせていただく、貴重な客層である。だから、心から耕すことである。



だから、ハネモノ客層には「お客さまと呼ぶ癖」をつけることをお勧めしたい。



35年も経った今でも脳裏に焼きついて離れません。



大阪の郊外のある店の店長時代、釘師ではなく役物師にであった。ハネモノで、ミラクルボールのVの手前をセルで浮き上がらせて、「店長、こうするんだ」と、自慢げに語っていたことが忘れられません。



これが釘師ではなく、役物師に出会った最初でありました。



「ナンデせんのや?みんなやってるやん~」



それからは、アタマとウデとハートで勝ち取ることで無我夢中に釘技術に拍車がかかりました。



反面教師です。



ハカマのオトシを風車だけでアケシメ



1.生命釘をさわらず、風車でアケシメ



正月とお盆期間を除外した年間を風車だけでアケシメを行った。



通常のアケシメよりダントツな稼働を示した。



もちろん利益もついてきます。ここには釘と玉の流れの読みにならず、誰でもできる原理がある。



自店の稼働の手づくりが、もっとも効く手段が風車だけのアケシメです。



紙面上では説明しにくいものですが、ひと言でいうと下記の通りになります。



風車の核を中心に東西南北の方向をタテに横に線引きして考えると、風車の曲げ具合で大きく分類すると4方向に別れ玉の流れも、当然、曲げた反対方向に展開していくわけです。



この前提はオトシの生命釘は大きくアケてそのままです。



説明にも限りがありますので、この辺にしますが、何度もくどいようですが「釘調整は玉の流れ調整」だということです。



ストレートのゲージと玉の流れ 風車と生命釘の関連性


(風車をそれぞれ東西南北の方向に曲げて、調整をした時の入賞順)







上記の原理は誰でも知っていますが、その原理をシステム化している人は少ない。



システム化というのは最低限、機種別、日別、曜日別に振り分けて実用化して見ることです。



そして、東西南北方向の風車調整を細分化して、これらを実践的に応用して見ることで調整の妙味が加減して行けると言うことです。





例えば、下図のように現実の釘と玉の流れ関係においては、東西南北の調整では無理があることを、体験している。したがって、通常の営業で導入する時には、東北、東南、西北、西南に向けた調整の合体と応用ということになる。







いうまでもなく、紙面上では説明に限界がありますしかし、やって見ることに効果が実感できるので、是非お試しいただきたい。







最後に



■いつもペーですわ・・・と。



自店ではどのような役割として登場させたいのかと聞きますと、よくありがちな答に「ウチは赤字で、トントンで、何も儲かっていません」



「稼働があって見栄えがすればいい」と聞きますが・・・



ぺーで行けるならば最高のおもてなし。もちろん平均値ではある。たまに耳を疑うときがある。



今日もペーですわ。



いつもペーですわ・・・と。



これじゃ客数が増える訳がない。



なんだか、本気が伝わってこない。



こんな時に、先人は「割数のメリハリ」とは、よく言ったもんだと感心している。現場とお客さま視点を直視した名言とさえ思える時がある。



■ハネモノは人生の生き様



誰にもそれぞれの人生があるようにパチンコフアンにも人生がある。



ハネモノに生きる。ハネモノと共に生きた元店長とは、ハネモノでも盛り上がった。東京で8時間にも及ぶパチンコ談義をしました。特にハネモノには格段の熱情でした。



わたしの人生はパチンコを抜きにして語ることはできません。



まだ、オールチューリップが繁栄していた時代(35年前)に、「主人の供養にパチンコしている」という、人に運命的な出会いをした。



楽しくてパチンコするのではなく、悲しくて、苦しいからするのだと目撃したのが業界における「お客さま視点」の出発点と言える。



「今日は主人の供養にパチンコしています」



あれから30数年の年が過ぎた。今でもその頃の衝撃的な出会いが脳裏をかすめる。



ハネモノに無我夢中の主人に反抗して、当時店長であったわたしに「主人のパチンコをどうにかやめさせてください」と強く嘆願されたのであります。



複雑でした。あれから1カ月半ほどたったある日に、どこかで見かけた人がひょっこりパチンコをしているではありませんか。



あの時の奥さんでした。あれほど反対した奥さんが何でパチンコを眼を疑いました。



「奥さん、今日はご主人は!?・・・」



「店長さん!あれから間もなくして主人はなくなりました。癌で・・・」



胸が詰まりました。



こんなドラマがあるんですか。



そして奥さんは「あんなに好きだったパチンコを何で反対したんでしょうね。今日は主人の供養にパチンコしています・・・」と。



泣けました・・・



そこに、いるのが最も庶民であると気づいたときには熱くなる胸を押さえきることができませんでした。



それからは悲しくて、淋しくてパチンコしている人の姿に出会った時には胸がギュッとつまる思いがするのです。庶民の娯楽にはパチンコと人生の生き様があるのです。



最後まで、ありがとうございました。









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トミナガハネモノ塾その2…ハネモノの釘論的錯誤と限界




釘論的な解釈と初心




釘と技術というような嫌悪感がハネモノの導入を拒んでいる、もうひとつの要素のような気もする。



しかし、ハネモノの調整は、原理原則の釘論の理解にほかならない。



「経験の年数ではなく釘原理の解釈」の度合いではないだろうかと思います。これが30年を釘経験にたずさわってきた、今でも貴重な教訓になっています。



はじめて、ハネモノの釘を経験した店舗で異様な稼働に驚嘆して、即座にもう一列増設を主張した兵庫県の経営者。



マルハンとダイナムなどを近隣に対峙させながら独自化を実現するための手立てとして現状の2列を4列までに増台して、ハネモノでは地域一番の特徴を占有した青森のある店舗。



傾斜と釘の関連性に苦慮した静岡の某店舗とテレコの配列の調整の混乱を突破して高稼働を実現した福井県の店舗も、釘経験は初心者でありました。



問題なのは釘の初心者ではなく、むしろ釘経験にアグラをかいた新鮮な目線の喪失感です。



ゲージ構成別の玉の流れに執着した結果、集客に成功した和歌山では、「あまりに、できない自分が腹立たしくて・・・」釘研究会でハンマーを投げてきた、ヤツもいた。



その彼も、関西地区で店長をしながらハネモノに格別なチカラを注いでいるひとりである。



釘と玉の流れの原理



玉は釘に支えられ、釘は玉の流れとともに生きている。



ところが通常は生命釘=スタート的な認識が殆どで、数値結果に依存するところが大半であります。



どのように鳴いているのか、鳴かせるかなどの関心は二の次となることが多い。



でも、ここでもっとも大事なことは、結果はプロセスの一部に過ぎないということです。



釘と玉の流れの関係を制することがハネモノを制すると言っても過言ではありません。



ハネモノの釘調整は「玉の流れ調整」なのです。



そこには原理があり、原則があるのです。



いわゆる、玉のながれがどの道をどのように通って、命へ、またはハネに、Vに到達したかということです。



何回鳴いたとか、何回開いたとかは、釘と玉の流れによる結果の一部に過ぎません。



ハネモノのお客さまの目線は、鳴けばいい、入ればいいと言うだけでは長続きしません。



ハネモノの醍醐味は釘と玉の流れによって、味付の仕方が違ってきます。コクがあるけどキレがあるという、どこかのコマーシャルが如く、単なる入賞ではそれが捻出できないということなのです。



また、ラーメン例になりますが麺と具に絡む接着剤的要素でもある、骨のゼラチンなどが溶け出し、濁ったスープのようなのが欲しい訳です。







上記に記されているのは、ある店舗の入替1日目のゲージ指示です。



この一般的な調整釘の例に過ぎないことが、あと後まで生命釘のアケシメの繰り返しで終始していくのが現状であるということに、憂慮をしないではおられません。



この図には釘と玉のナガレの関係が表示されていないからです。



上記、これが入賞における一般的営業としても、A+B+Cを絡めて応用して見ると持ち味はかなり変化して見えてくる。



さらに風車とハカマ上の2本釘とハカマと落とし釘を連動して見たストレート部分までの、玉の流れを相好関連させて見ると主要な釘と玉の流れが浮き彫りになって単純にハカマと生命釘との関係では見れない、その割合とかも理解することが可能になってきますね。



さて、キリがありませんので、この辺にしておきますが次にもっとも最重要な「玉のナガレの構造」についてふれて見たいと思います。



飛び込み口の釘と玉のナガレ







ある飛び込み口に辿るもう一つの例をみて何を考えますか。



なんだ、こんなもの知ってると単純に見るのも結構ですが、こんなにも流れがあることを再認識してもらいたいのです。



そして、飛び込みへの優先的流れと入賞口への到達範囲は様々でありるということです。



従って、何回鳴いてを数値結果だけで見るのは、持ち味を軽視した安易な調整になりがちであります。



「釘と玉の流れをつくる!」これが、ハネモノ調整の生命線です。



そのためには、「玉のナガレの構造」を理解し、これに終始一貫させることで「自分の釘」が創造できることだと思います。



その自分の釘が自分のお客様をつくる手段として、しっかりと起因して行くでしょう。



ヨリの考え~ビッグシュータの調整苦悩



先達て大阪のある店舗に行きましたが、ハネモノ稼働は群を抜いていて、お客さまの視線はまさに玉の流れを注視していました。



平日でもピーク時には100%稼働が普通で珍しくもなくなっている。



しかし、これが業界筋からは異常と見えるらしいのです。



通常であるこの店にも、なんと異常が発生していたのです。



それはビッグシュータでした。



ビッグシュータのストレートの生命釘を目いっぱいアケて、ハカマも目いっぱい開けているヤリカタなのです。



これは何かと気になって遠目で見てはいたものの、トキオで上機嫌なのをふり切って負けを覚悟して打ち続けてしまったのです。



同じ換金率でもこのような傾向が見られているのは目新しいことではありませんが客付きは散々なものでした。



着席したかと思うと、5分から10分もして、離れるのです。



とにかく、鳴きます!入りませんVには!これが延々と続く間に、前に当たった玉を訳なく突っ込んでしまうという、客心理を逆なでしているのです。



鳴けばいいというものではありませんね。



ビッグシュータ



鳴きV入賞客付き
××
×




最も入りやすい順序と最も入りにくい順序が混同しているようで何が何だか訳がわかりません。



撤去するにも撤去できずに、わかっていながら最悪の調整にのぞんだ形跡が歴然としていました。



つづく





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トミナガハネモノ塾その1…ハネモノ釘は難しくも面倒くさくもない


4円コーナーの再生のためにもハネモノが話題になっている。ところが、ハネモノを触ったことのない店長は、導入を諦めがちになったたりする。そんな店長のために、弱小パチンコ店再生専門のトミナガ氏がハネモノ塾を3回の予定で開講する。



まず1回目はハネモノの心構えから。



以下本文



ハネモノ釘を躊躇する風潮



1.ハネモノの釘をやったことがないという考え



ここには、ふたつの側面がある。



最も危惧することは「今の店長たちはハネモノの釘をやったことがないからね・・・」との声については、いささか異論を唱えたい。



過去のハネモノの経験を天秤にかけて、やったことがないことを前提にして、店長たちを排斥してしまいそうな言動がある。



やったことがなければ、やればいい訳で如何にも、ハネモノの釘調整を神秘的に風潮化して見せる美意識の強調に似たようなものを感じる。



この意味では、ハネモノ経験者の論調には同調しがたい部分があると言うことを先に申しあげておきたい。



2.釘技術を妨げる疎外感 



20数年前までは、一般的に釘技術として捉えていたが、いわゆる「社会的不適合機」の排除とともに、最後まで踏ん張った「たぬき吉」も撤去されハネモノの存在感も放置されていった。



釘と計数管理が優先されて、釘と技術という観念はまったく希薄になっていった。



そして、管理化(数値化)された調整のシミュレーションで語ることが絶対であるかのように表面化して行って反面、持ち味という曖昧さが敬遠されてきた。



ハネモノを一定な形で寸法化・数値化することだけが露出されるにつれ、疲弊化されたハネモノは市場からノックダウンされて救い手を失っていくのだが・・・とても危惧している。



例えが飛躍するが、ラーメンフアンの私にとって、ラーメンはさじ加減あってこそ、美味いという観念が強く存在する。



チェーン店のように規範化されたものより、店主自身がウデをふるう味加減的なものが、ハネモノにとっても味を引き立たせる起爆剤ということである。



野に咲く草花も味付けによっては、高級料理屋を凌ぐということです。



漁師の賄い料理は多少見栄えがガサツでも味は別嬪なのはいうまでもない。



店主が額に汗して、香辛料をふるサジ加減的振る舞いが独自性を放つ秘訣のように思えて、ジッと観察していたこともある。



これを、どんぶり勘定の部類として清算してしまいがちな傾向はどうかと思う。だから、ハネモノは調整するひとの感性が素直に反映される。



意識の根底あるモノ




1.「難しい」について



確かに最初は難しくて敬遠してしまいがちなのもわかる。何事も躊躇しがちなのは世の常というもの。



わたしはある事情があって15年も前に、無事故無違反でありながら免許証を返還した。



が、今になってまた運転したい願望が沸々とわいてきている。運転しようと思えば、できると確信できるのは、一度は経験したからです。



釘も一緒です。経験すればいいだけです。昔と違って今風の感性があって、現代的パチンコ感にあふれている店長たちにできないことはありません。



要はハネモノ釘の原理原則の理解ができれば、ハネモノ運転は脱線することは、まずありません。



ハネモノ釘から、もう30年も経ちました。「見てならえ!」とこっ酷く叱られて、丁稚奉公をしたが、見てもわからず往生したことが昨日のように思い出されます。



いまは、その気になれば、いつも教えてくれる人がいます。その気になれなくても、その気にさせてくれる人もいます。



2.「面倒くさい」について




ハネモノの釘ほど面倒くさい仕事はないのではないかと思ったりもする。かつては300本~350本にもなる盤面の極端に減少してはいるけれど、ゲージ構成上揃えなければならない個所が多いといえる。



こんな面倒くさいことまでしてと、割りに合わないからと初っ端から投げてしまうのも、わからないこともない。



しかし、自分のウデ加減で平均2万~3万も稼働して3台にひとり、2台にひとりの割合で、いつもコースが賑わっているとしたら、稼働に悩むホールにすれば、嬉しい悲鳴ではないでしょうか。



店長たちの意見のなかで即、成績をつくりたいという意見を多く聞きますが、この即とは売上であり利益なのだろう。



しかし、売上もままならないのに利益を追うのが現状で、稼働を考える余裕すらない店舗がどんなにあるだろうか。



私は売上があって利益がある大手や中大手並みの店舗にはあまり関心がなく、小規模の稼働低迷店舗ばかりを携わってきました。



お客さまがいないから面倒くさいことをすることが大事になっているのではないでしょうか。



稼働がある店はちょっとしたことを、怠っても成りたっていくもので、やり直しも可能にしているのが底チカラといえる。



即ついても即離れては何の意味もありません。



低迷店舗の底チカラの育成のコツは畑を毎日、「耕す!」が如く、地道なモノです。



稼働減少店舗においては新台入替もままならず、その日の粗利に運命のすべてを賭けている店もある。



たった1日の失敗が許せないのである。支払いも遅滞するなど現状は想像を超えている姿を見るたびに胸が詰まる思いがします。



このような現状から脱皮するのも周辺にないハネモノの特徴化は欠かせません。



自店だけのお客さまをつくって行く課題に、きっとプラスにあることでしょう。



私はここでハネモノはパチンコの原点であり、それは難しいものではないと断言したい。単なる先入観が先行するなど、取っ付きにくい存在になっているだけです。



つづく





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